竹久みち(小島美知子)の若い頃の写真や画像は?子ども(娘)や家族についても。

今回は、1/21に「1番だけが知っている」で放送された竹久みちさんについて調べてみました。竹久みちさんといえば、当時の三越社長岡田茂さんの愛人としても有名な方です。
三越の社長の愛人だったということは、当時かなりの美人であったのではないかと思う方も多いと思いますので、若い頃の画像やプロフィールをご紹介していきたいと思います。

プロフィールは?

名前:竹久みち(本名:小島美知子)
出身:東京都
年齢:79歳没
職業:服飾デザイナー
学歴:旧制共立女子専門学校生活科(現在の共立女子大学)卒業
   文化学院デザイン科を卒業
   
文化学院在学中に「ヌーベル・アクセサリー研究所」を主宰し、大手百貨店と取引を行っていました、TVに出演しアクセサリーについて語ることもあったそうです。学生の頃から、「私はとにかく有名になりたい」と言っていたそうで、かなりの上昇志向の持ち主でした。

1963年に三越の宣伝部長(のちの社長)であった岡田茂さんと知り合い、のちに愛人関係になっています。当時の三越に多大な影響を及ぼし、三越の「女帝」と呼ばれたそうです。その後、三越事件により竹久みちさんは岡田茂さんと共謀して特別背任などの罪や脱税で実刑を受けています。

出所後、「このまま終わってしまったんではあまりにも情けない。汚名が残ったまま死んでしまうのは耐えられない。もう一度 それも昔とは違った形での竹久みちを作り出したい」と発言し、その後新しいブランドを立ち上げています。77歳まで会社経営を続けたそうですから、驚きです。

晩年に動脈瘤を患って2009年に東京都内の病院にて亡くなっています。

竹久みちさんの子ども(娘)は?

旦那と子どもの画像は見つかりませんでした。学生の時に結婚をし、娘を1人もうけました。その後、離婚したためシングルマザーとして娘を育てていたようです。以前の竹久みちさんの発言でも「会社の経営は娘に任せる」という言葉がありました。

竹久みちさんの若い頃は?

竹久みちさんとされる画像がいくつか見つかりましたのでご紹介させていただきます。やはりお綺麗な方でした。

また、『ふりむかない私』という本を出しています。

 

 

 

まとめ

竹久みちさんは予想通りとてもおきれいな方でした。出所後に、「汚名が残ったまま死んでしまうのは耐えられない」と新しいブランドを立ち上げ社長として77歳まで経営を続ける姿は、まさに上昇志向の持ち主ということを表していましたね。

最後まで、お読みいただきありがとうございました。

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