植松聖の後輩は誰?名前や顔画像は?冗談の犯行計画が現実になった実態が明らかに!

神奈川県の「津久井やまゆり園」で2016年7月に発生した殺傷事件で、元職員の植松聖被告とその後輩が事件前に冗談で話していた犯行計画が現実のものになったという実態が明らかになりました。

植松聖被告の後輩とは一体どのような人物なのでしょうか。

明らかになった事件が発生するまでの過程と合わせてまとめて行きます。

植松聖の後輩の名前や顔画像は?

名前や顔画像については報道されておらず、今のところ特定されていません。

植松聖の後輩の人物像は、報道されている情報によると、

・植松聖の一つ年下

・市内のクラブで頻繁に植松聖と顔を合わせていた

・植松聖と親交を深めたのは2014年夏ごろから

・植松聖を「さとくん」と呼んでいる

・植松聖を「明るく、年下にも物腰柔らかい性格だった」と話している

ということです。

今回植松聖と後輩の冗談だった犯行計画が現実になってしまったことが判明しましたが、どういうことなのでしょうか。

冗談の犯行計画が現実になるまでの過程は?

15年夏ごろから「意思疎通できない障害者は死んだ方がいい」と言いだし、年末には「殺す」と発言内容が次第にエスカレート。衆院議長宛てに犯行予告の手紙を出し、措置入院が解除された16年3月以降には「日本で批判されても、世界では称賛される」と話したという。

 「最低でも50人は殺したい」「拘束するにはどうしたらいいか」─。5月上旬ごろ、被告から尋ねられ、「刃物で刺すなら首がいい。神経が集中しているから」「結束バンドで親指を縛れば身動きが取れない」と答えた。被告と一緒にネットオークションで包丁を探した。周囲には「やばいから付き合わない方がいい」と忠告されたが、架空の話としか思わず気に留めなかった。

 その後、話題は殺害方法から襲撃時期に移り、「俺が殺すから、拘束だけ手伝ってほしい」などと協力を持ち掛けられるようになった。事件1カ月前の6月下旬には威圧的な口調で「協力しろ」と迫られた。「それまでは妄想と思って付き合っていたが、次第に内容が現実的で怖くなった」

 7月26日。事件はニュースで知ったという。検察側によると、当直の園職員は指を結束バンドで縛られて身動きを封じられ、被害者の多くは首を刺されていた。後輩は調書で「手段、方法、手口はさとくんと話していた内容でびっくりした」と振り返った。 引用:livedoorNEWS

時系列順に流れを箇条書きにすると、

・植松聖と後輩が「障碍者は死んだ方がいい」という話をしていた

・植松聖が犯行の方法について後輩に相談し、後輩は具体的なアドバイスをする(後輩は妄想だと思って付き合っていた)

・植松聖が犯行時期について後輩に相談し、後輩は次第に怖くなっていった

・最終的に後輩は犯行に協力せず、植松聖の単独での犯行となった

という流れのようですね。

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